作成者別アーカイブ: agioski

天の岩戸が志摩に?(2017/7/9)

天の岩戸といえば、日本神話に出てくる元祖引きこもりの天照大神が引きこもった洞穴だ。
高天原での話だからと場所など考えたこともなかったが、交換講壇で鵜方教会に行く途中に「天の岩戸」という案内標識があったので、帰りに寄ってみた。
ここが「天の岩戸」という場所は日本各地にあるらしい。Wikipediaによると岐阜県から沖縄県まで14個所が名乗りを上げている。三重県だけでも3個所あり、ここもその一つだ。
志摩市磯部町の「恵利原の水穴」がそれである。洞窟の中から湧水が流れてきており、日本百名水の一つに数えられている。
170709_144129

170709_151646.JPG

右側の木、昭和6年に真珠王御木本幸吉氏が植樹したくすのきだそうだ。
拝んでいる女性の前に賽銭箱、その奥のスタンドに柄杓が数本掛かっている。
となれば当然この名水を飲むのだが、
170709_151428.JPG
飲むことを控えなければならない水って、名水と言えるのだろうか?
さて、この洞穴、入ってはいけないが天照大神にしたってこの洞窟の中にいるってとても窮屈だし水浸しになってしまうだろう。
170709_144208.JPG
中はこんな感じ。

たいていの人はここを参拝ないしは観て帰ってしまう。しかしもう一つの洞穴がある。
風穴という。水穴から300mほど奥にある。水が湧き出していない分、こちらの方が引きこもりやすい感じがする。
170709_145132.JPG
水穴から歩いてくるとかなり汗をかく。そしてこの風穴の前に来ると、中から冷たい風が吹いてきて気持ちが良い。
若者4人のグループが穴の前にしゃがみ込んで風を浴びて涼を取っていた。
170709_145731.JPG
この写真にもいくつかシダ植物が写っているが、シダが多かった。下の写真は丸くカーブしているのがおもしろい。丈は高くならず、地面に近い。
170709_150942.JPG
夫婦と思しきカップルの女性の方、鳥居を通る度に一礼していた。
さすが伊勢だけあると思ったのだが、他の地方でもこういう人はいるのだろうか。

王塚古墳(2017/5/5)

王塚古墳というのはあちこちにあるらしい。
福岡県 嘉穂郡 桂川町寿命にある王塚古墳は「5つの色彩で彩られた壁画が石室内ほぼ全面に施されている」(wikipedia)そうだから、素晴らしいものだ。
神戸市 西区にも王塚古墳がある。
三重県では亀山市に能褒野王塚古墳がある。能褒野は「のぼの」と読む。
記紀によれば日本武尊は伊勢国能褒野で死んだとされているので、日本武尊の墓を能褒野墓というらしい。そして亀山の王塚古墳は宮内庁より能褒野墓と認定されている。もちろん実際の被葬者は日本武尊とは考えられず、不明である。
 さて今回私が行ったのは、能褒野王塚古墳からそう遠くない鈴鹿市の王塚古墳だ。

王塚古墳の碑

王塚古墳


王塚古墳

王塚古墳


近隣のいくつかの古墳と共に西ノ野古墳群を構成しその中の最大のものだ。「王塚」というのだから、このあたりを支配し権勢を振るった豪族の墓であろう。それにふさわしい規模を備えている。全長62m、後円部の径は37m、高さは6m、前方部の幅は47m、盾状の周壕、その外に堤もある。6世紀初めのものと見られている。

小岐須渓谷(2016年1月)

小岐須渓谷に行ってみた。東名阪道鈴鹿インターから山の方へ向かっていくと、県道11号にぶつかる。これを右(北)へ行けば椿大神社、左(南)へ行けば小岐須渓谷への林道と交差する。

小岐須渓谷map

小岐須渓谷map


流れている川は御幣(Ombe)川という。御幣林道を少し行くと採石工場の中を道が通っている。これを抜けると間もなく山の家がある。山の家の対岸に尖った石灰岩の峰が突きだしている。
石大神(しゃくだいじん)という。
160105_163115s
説明板があり、こう書いてある。
「鈴鹿山地は東側が一志断層系によって境される断層地形の地塁であり、山系中には多くの北西-南東方向及び北東-南西方向の断層群が発達して、山地の渓谷は適従谷を形成し、断層によって形成された断層微地形はケルンバットが点在している。
石大神の地形は、鈴鹿山系中のケルンバットの一つであって、石大神の南西側の鞍部が西北西-東南東の走向の断層の通る所である。
また、主として石灰岩で構成されているので、石灰岩溶食地形(カルスト地形)と断層微地形のケルンバットが合成された地形であって、鈴鹿山地の他のケルンバットと比べて急峻で錐状岩柱形の地形を示している。
このような自然景観は、三重県において当地のみにみられるものである。この特異な形のために古代より信仰の対象になったきた。}

よくわからないので。ケルンバットを調べてみた。「断層突起のこと」。
ケルンコルというのが反対に「断層鞍部」で、ケルンバット・ケルンコルということばは日本だけでしか使われていない国際的には死語だそうだ。

山の家の下には鮎止めの滝がある。
160105_164040s

最初は最下段の大きな滝にしか気がつかなかったが、見る場所を変えると、その上にさらに2段ある。ただし最上段は堰堤のような気もする。もう一度現地に行って確かめたい。雨の少ない時期にもかかわらず、この滝の水量は豊富だ。それに、滝壷も深そうだ。
160105_163655s

ここからしばらく上流に行くと屏風岩がある。
150406_172243s
今回は時間も遅かったので行かなかったが、春に撮った写真を掲載しておく。
大きな岩を長い年月をかけて川の水が削り取っていったのだろう。天然の岩の掘割だ。
吊橋がかけられ、橋のほぼ中央から撮った写真である。
東京都檜原村の神戸岩(かのといわ)と同じようだ。ただし神戸岩のような100mもあるような高い岩ではない。

東京都西多摩郡檜原村神戸(かのと)にある2013年6月3日撮影

東京都西多摩郡檜原村神戸(かのと)にある2013年6月3日撮影


神戸岩は川の幅が狭い。そして左岸の岩に細い道が付けられ、鎖に掴まりながら通り抜けることができる。
屏風岩はほぼまっすぐに切り立っているので、道は付けられていない。橋の位置も水面からかなり高い所にある。

この他にもまだ見どころがありそうだ。機会を作って歩いてみたい。

浄土池周辺

うちから近い所にいくつか池(農業用水のため池)があるのだが、その一つ浄土池のあたりにサギの群れがいるのを、車で走行中に見つけた。家に帰った後、カメラを持って出直した。

Map 浄土池周辺

Map 浄土池周辺

サギの群れがたんぼの向こうにいる

サギの群れがたんぼの向こうにいる

森の木々にたくさん停まっている

森の木々にたくさん停まっている

よく見ると黒いのもいます

拡大して見ると、白鷺だけでなく、黒いのもいる。

もう一枚拡大してみます

もう一枚拡大してみます

肩車をしているみたいに見えませんか?

肩車をしているみたいに見えませんか?

サギの飛ぶ姿はなかなか優美なものです。

たんぼに映る姿もいい

たんぼに映る姿もいい

鳥を離れて他の被写体を探します。
水田ですから稲が植えられています。

稲に花が咲いています

稲に花が咲いています

稲の花、拡大します。

稲の花、拡大します。

カメムシがいました。ホソハリカメムシ?

カメムシがいました。ホソハリカメムシ?

池の周辺ですから、トンボもいます。

シオカラトンボ

シオカラトンボ

交尾するシオカラトンボ

交尾するシオカラトンボ

もちろんチョウもいます。

キアゲハ

キアゲハ

ベニシジミ

ベニシジミ

最後にもう一度鳥に戻ります。

すぐ近くの木の枝に舞い降りてきました。迫力があります。

すぐ近くの木の枝に舞い降りてきました。迫力があります。

私が近づいてサギが飛び去ってもウはまだいました。

私が近づいてサギが飛び去ってもウはまだいました。

采女城址(2015年2月)

四日市市の南部、内部川沿いの丘陵地帯に采女(うねめ)城址があります。

四日市市南部です。

四日市市南部です。

次の城郭配置図はこの地図の赤い四角の範囲です。

城郭配置図

城郭配置図

采女城は藤原氏を祖先とする後藤伊勢守基秀が1260年に三重郡采女郷の地頭職に任ぜられ、一族郎党を率いて采女の地に移住し、采女山に築いた城です。
300年あまり後藤家の支配が続きましたが、織田信長によって1568年落城しました。

采女城の由来

采女城の由来

今回歩いたのは、南部丘陵公園に車を置き、公園から尾根伝いに歩き、城跡を通って内部川に降り、再び逆ルートで南部丘陵公園に戻ったのですが、帰りのルート、内部川からのコースを再現します。

内部川沿いの道路から城跡へ登る遊歩道が整備されています。

内部川からの登城口

内部川からの登城口

この登り口のすぐそばに明らかなヌタがありました。
ぬたというのは「魚介類やネギ・ウドなどの野菜を,酢味噌であえた料理」の酢味噌を泥に、魚介類やネギ・ウドをイノシシに置き換えればわかりやすいでしょう。イノシシが皮膚の表面に泥を塗りつける場所です。

イノシシが出没することを表す「ぬた」を見つけた

イノシシが出没することを表す「ぬた」を見つけた

気を取り直して登っていくと、虎口という看板がありました。ここから武者たちが出撃していったとのこと。また守りの拠点でもあります。

虎口(こぐち)=出撃の拠点

虎口(こぐち)=出撃の拠点

虎口の上に 五の郭 があります。この城には九つの郭があったようです。今は平らな土地が残るのみなので、どんな建物が建っていたのかわかりませんが、300年続いた城ですから、それなりに立派な建物があったのだろうと思います。

五の郭

五の郭

郭と郭の間は敵の攻撃を防ぐため狭い道、あるいは橋などで結ばれています。当時はどんな橋が架けられていたのでしょう?

五の郭と一の郭を結ぶ橋

五の郭と一の郭を結ぶ橋

一の郭(本丸)は最も広い場所です。

一の郭(本丸)

一の郭(本丸)

深い井戸があります。転落防止のため格子状に竹を編んで蓋をしてあります。
井戸にまつわる落城の物語の解説板がありました。

井戸解説

井戸解説

飲料水を確保するためかなり深い井戸が作られています。

飲料水を確保するためかなり深い井戸が作られています。

一の郭の北端にちょっと高いスペースがあります。ここに物見櫓があったと推定されています。

物見櫓があったとされる場所

物見櫓があったとされる場所

物見櫓から二の郭へは空堀の縁を歩きます。

空堀

空堀

そして二の郭 どこも同じような平地ですね。どんな建物があったかわかるといいのですが。

二の郭

二の郭

二の郭から本丸の方を振り返ると、物見櫓跡が少し高い。

二の郭から空堀を挟んで物見櫓跡

二の郭から空堀を挟んで物見櫓跡

この城跡で一番高い場所は三の郭です。北側はかなりの急斜面で落ちていきます。

三の郭

三の郭

三の郭から階段のような、そうでないような桟道で降りて、尾根は東へと続いていきます。
その先は南部丘陵公園です。途中にはイノシシが地面を掘り返した跡がたくさんあり、かなり新しいのもあるので緊張します。

三の郭から南部丘陵公園方面への急斜面を降りたところ

三の郭から南部丘陵公園方面への急斜面を降りたところ

歩いて行くと、下の方が削られて枯れている木を何本も見ます。
おそらく鹿などによる食害でしょう。

食害と思われる木

食害と思われる木

今回はパスしましたが、八の郭と四の郭にも遊歩道が付けられているようです。
ぜひそちらへも行ってみようと思います。

鶴舞公園の蓮

車の新車6ヶ月点検のため、名古屋の愛知日産中央店へ行った。
点検が終了するまで2時間ぐらいというので、鶴舞公園を散策。
木陰でただ立っているだけでも汗が出る。

そんな暑さではあったが、けっこう人は多い(平日の午前中なのに!)。

蓮のある池にカメラを持った人がたくさんいた。
で、私も参加。

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮(シオカラトンボ)

鶴舞公園の蓮(シオカラトンボ)

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮

鶴舞公園の蓮(向こうは名古屋大学病院)

アオメアブ(鶴舞公園)

アオメアブ(鶴舞公園)

浜岡原発を見てきた

2014年3月23日(日)、日曜日の礼拝に静岡県御前崎市の南遠教会と牧之原市の相良教会まで行ってきたのだが、もう一つ、アトムの光が輝く(止まっちゃってるけど)中部電力浜岡原子力発電所の《参拝》も目的の一つだった。
まずは参道の鳥居をくぐる(実は後ろの突き当たりに池宮神社というのがあり、その参道だった)。

池宮神社に通じる道路に建っている大鳥居。

池宮神社に通じる道路に建っています。

原発に隣接して浜岡原子力館という展示施設がある。
本館の手前に新エネルギー館という建物があり、風力発電、太陽光発電、燃料電池に関する展示がある。
なぜか、この建物では節電中だ。

新エネルギー館

新エネルギー館

新エネレギー館を出て進むと原子力発電の説明をする本館がある。
早咲きの桜が咲いている。本館を見上げれば、あのブリッジはまさしく展望台。
期待して、展示の数々は一切目もくれずエレベータに向かう。

エレベーター内の掲示

エレベーター内の掲示

ガーン
しかし、まぁ、よく見て瞼に焼き付けておくことにする。
展望台には警備員さんがずっといるみたい。たぶん、写真を撮ろうとするのを制止するためと推察。
原子力発電などというといかにもハイテクなのだが、発電の原理自体は水蒸気の力でタービンを回して発電機を動かす。
要するに発電に関わる部分は蒸気機関なのだ。
で、その蒸気を発生させる=お湯を沸かすための熱源が、石炭やガスの燃焼ではなく、核分裂によって発生する熱を使うということだ。
原子炉の実物大模型や今建設中の防潮壁の実物大模型もある。今回は時間の都合上パスするが、じっくりと見ておいた方がいい施設だ。
展望台から写真を撮れなかったので、今度は海から狙う。
非常に高い防波堤が作られていた。

防波堤の上から

防波堤の上から車を置いたところを見下ろす

海ではサーファーたちがサーフィンをしているが、ひとたび事故が起きればサーフィンどころではない。
このあたりに住むことも出来なくなる。

サーファー

サーファー

沖合には冷却用の取水塔があり、海底のトンネルを通って海水が原発まで運ばれる。

取水塔

取水塔

海面から原発までの高さ、高いか低いか? 地形にもよるだろうが、女川では1階が水没した病院はこのくらいの高台にある。2台のクレーンは防潮堤の工事だろうか?

水面からの高さ

水面からの高さ


警備員がここにも。
警備員が海岸にも

警備員が海岸にも


隣接地でも何か工事をしているが、これは防潮堤ではないような気がする。
隣接地の工事

隣接地の工事


相良教会の礼拝を終え、なぶら市場での買い物の後、南遠教会に戻る途中、正面に原発が見えたので1枚。前を走っているのは桑牧師の車。
御前崎から帰る途中、正面に原発。

御前崎から帰る途中、正面に原発。

赤目四十八滝 2013年11月30日

11月30日(土)、午後から出かけて赤目四十八滝に行きました。 以前にも2回行ったのですが、2回とも途中から雨に降られて引き返しました。 今回は天気は良かったのですが、タイムアウトで今回も途中で引き返しました。 それでも、前に行ったところまではほとんど止まらずに歩いたので、いくらかは先に進みました。

柿窪滝だと思います

柿窪滝だと思います。Pentax *istDs

前回は百畳茶屋を過ぎて少し行ったあたりで雨に降られたので(雨に降られると岩が滑りやすくなり危険!)引き返しました。 そこで今回は百畳茶屋を過ぎてから写真を撮り始めました。 上の写真は多分、柿窪滝だろうと思います。カメラ(Pentax *istDs)の電池がこれ1枚で切れてしまったので、カメラを替えます。 次は雨降滝。これは通路の頭上にあり、その水滴が頭にかかってきます。

さっさと撮影しないとレンズが濡れてしまう

さっさと撮影しないとレンズが濡れてしまう Panasonic DMC-TZ20

なぜ骸骨?

なぜ骸骨? Panasonic DMC-TZ20

骸骨に似ているでしょうか? 131130_152801斜滝 斜滝。確かに言われてみれば斜めに流れています。 Panasonic DMC-TZ20

Panasonic DMC-TZ20

Panasonic DMC-TZ20

次は荷担(にない)滝。この滝では何枚も写真を撮りました。家に帰ってからガイドマップの説明を見たら渓谷随一の景観とされているそうです。 ここでまたカメラが変わります。この景観はコンパクトデジカメではいけないような気がしたのです。

高さ約8m、二手に分かれて流れ落ちます。 Pentax K-5

高さ約8m、二手に分かれて流れ落ちます。 Pentax K-5

131130_153416荷担滝

Pentax K-5

Pentax K-5

Pentax K-5

Pentax K-5

荷担滝の上はこんなふうになっていました。けっこう深そうです。 K-5

荷担滝の上はこんなふうになっていました。けっこう深そうです。 K-5

しつこくもう一枚、荷担滝を。

帰りに撮ったもの。 DMC-TZ20

帰りに撮ったもの。 DMC-TZ20

次に雛段滝です。

K-5

K-5

いかにも雛段ですね。
遊歩道にはなってませんが、ここから分かれている流れに夫婦滝があります。

K-5

K-5

二手から寄り添うように合わさっているのが名前の由来でしょう。
今回はここまでであきらめました。また折りを見つけてこの続きを歩きたいと思います。
ところで、カメラをK-5にしたらずいぶん暗くなったようです。
帰りにその理由に気がつきました。
以前使ったときにモードをオートから他の設定に変えていたのでした。
次の2枚は遊歩道脇の水がしたたっているところを撮ったものですが、下がオートです。131130_155607
131130_155648
私は補正されていない暗い写真の方が雰囲気が出ていると思います。
先ほど荷担滝がありましたが、百畳茶屋の人たちが荷を担いで降りていくのに遭いました。

DMC-TZ20

DMC-TZ20

下の方では不動滝までライトアップされています。
131130_163216不動滝

ライトアップされた霊蛇滝

ライトアップされた霊蛇滝


しかし、ライトアップもやり過ぎではないかと思いました。
ライトアップ、今は簡単にこんなことができる

ライトアップ、今は簡単にこんなことができる

おまけ
赤目から国道165号を通って国道25号(名阪国道)の針TRSにある温泉に向かいました。その途中カーナビの変な案内によって165号から外れて初瀬(はせ)街道という古い道を通りました。2度、鹿に遭遇しました。

石榑峠付近(滋賀県側)2013/11/04

国道421号線と言えば、鈴鹿山系の竜ヶ岳と釈迦ヶ岳の間の石榑峠(いしぐれとうげ)を通って滋賀県と三重県を結ぶ国道で、少し前までは「酷道」と言われる道路の代表的な一路線だった。
2013年3月、東日本大震災と福島第一原発の事故により日本中の関心が東北に向いている間にひっそりと、トンネルが開通し、「酷道」から普通の国道になった。今では2~3分でトンネルを通ってしまうが、トンネル開通前はほんとに難所だった。まず道路が狭いのですれ違いが困難。行楽シーズンの午後になると、登ってくる車と降る車がすれ違えず、全く動けない車の長い列が続いたものだ。それは峠から三重県側の約2㎞の区間だった。その区間の入口と峠にはコンクリートの太い門状のバリケードがあり、その幅以内の車だけが通ることが出来た。以前、ティアナで通ったときはミラーをたたんで通ったものだ。

今は通ることが出来ない

今は通ることが出来ない

現在では三重県側はトンネル入口から旧道が分岐し、白龍神社まで行くことが出来るが、その先は通行止めである。

滋賀県側は八風キャンプ場入り口から旧道が分岐するのだが、やはり通行止めの看板が出ている。ただし、以前大雨で土砂崩れが発生し道がふさがれていた区間は、すっかり土砂が取り除いてあり、峠までは通れる状態になっている。

今回の目的は「紅葉を見たくなった」である。
131104_151625 131104_162328 131104_161249 131104_155204 131104_155142 131104_154836 131104_154518 131104_154324 131104_154141 131104_153513 131104_152821

垂坂山(四日市市内の公園)2013/10/12

四日市市北部、四日市東インターに近い垂坂山(標高75m)に行きました。
この付近は垂坂公園・羽津山緑地という自然を活かした公園になっています。

垂坂山のたぶんここが一番高い所ですが、何もない。

垂坂山のたぶんここが一番高い所ですが、何もない。

東側の景色がよく見えるポイントもありました。四日市港とコンビナートです。

131012_160307豊かな自然も残っています。

萩

ジョロウグモ

ジョロウグモ

 

萩

史跡もあります。ここに限らず、東海地方は戦国時代に信長・秀吉・家康らが出た土地柄。あちこちに3英傑をはじめとして、諸豪族の城跡などがあります。そして、戦場となった場所もたくさんあります。

垂坂山古戦場史跡 ここでは1372年南北朝の頃の戦争があり、戦国時代にも戦がありました。

垂坂山古戦場史跡 ここでは1372年南北朝の頃の戦争があり、戦国時代にも戦がありました。

夕方の鈴鹿山系。右が御在所岳、中央が鎌ヶ岳。

中央は鎌ヶ岳、右が御在所岳。

中央は鎌ヶ岳、右が御在所岳。